2007年8月21日火曜日

慶祝!悠仁親王殿下ご生誕一周年 九月07/09/02【告知&レポ】

【告知文】
09/02【東京】慶祝!悠仁親王殿下ご生誕一周年

【日時】2007年09月02日(日)、午前9時より。第二部は正午まで(延長なし)。第三部は午後。
【場所】東京都 (勤労福祉会館 5F第三和室 池袋駅南口メトロポリタンホテル方向徒歩3分池袋警察署並び03-3980-3131 http://nihon.lar.jp/02.html)。

*第一部では、悠仁親王殿下のご生誕一周年と皇室の弥栄を、皇室そして臣民の伝統文化である大和歌で言祝ぎます。また作歌の勉強をかねて、古今の賀歌を紐解きたいと思います。

*第二部では、来年の歌会始のお題「火」で歌を詠みます。いい歌ができたら、さっそく清書して天皇陛下に詠進しましょう。第一部・第二部ともナビゲーターは、歌人・石川太郎氏が担当します。

*第三部(午後の部)では、池袋東口駅前公園の中の「池袋水天宮」に参拝。子育ての神様である水天宮に、親王殿下の健やかなご成長を、皆様とともにお祈りしたいと思います。お気軽にご参加ください。
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○事前の参加表明は不要。参加費無料(懇親会参加者は飲食代適宜)

主催■「皇室と日本を考える」開催実行委員会
サイトhttp://nihon.lar.jp/
ブログhttp://nhlar.blogspot.com/
掲示板http://8809.teacup.com/imperial/bbs

共催■女系天皇に断固反対する会
http://mixi.jp/view_community.pl?id=334458

2chスレ■
【皇位継承】万世一系の皇統を守る9【男系維持】
http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1166609691/l50
皇統の護持を願いネット有志が集うオフ4
http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1167304783/l50
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【オプション企画】9月1日(土)
(自由参加。オマケの追加イベントで内容未定)
詳細は後日、当会掲示板http://8809.teacup.com/imperial/bbsで告知します。

【レポ文】
今回は悠仁親王殿下のご生誕一周年を和歌(やまとうた)でお祝いしようという集まりで、第五部までに至る断続的な開催となりました。参加者は6名でした。

 第一部では、実際の詠歌に先立って、平安時代の賀歌と皇紀二千六百年を迎えた折の奉祝歌を勉強しました。以下、その中からひとつずつ紹介いたします。

 君が代に逢ふべき春の多ければ散るとも桜あくまでぞ見む

 これは、まだ幼い裕子内親王のゆく末を言祝いで源師房が詠んだ歌です。歌意は「内親王殿下の一生のうちに出会うであろう春はたくさんあるので、今年の桜が散ってしまってもいずれは満足するまで見ることができるであろう」といったところでしょうか。他にも多くの和歌をとりあげて一首づつ解釈しながら味わっていきましたが、平安朝の豆知識などが豊富にでてきて面白い講義になりました。

 とこしへの窮みなけむとのらせれば御言のまにま栄えつつあり

 皇紀二千六百年(昭和十五年)、当時の日本は新世紀を迎えた感激にわきあがっていました。歌人たちも例外ではなく、一流二流ほとんどすべての歌人が参加して『紀元二千六百年奉祝歌集』が大日本歌人協会から刊行されました。引用しました歌は、その中に収められている佐藤佐太郎の歌です。歌意は「天照大神が万世一系の皇統は極まりなく栄えつづけるであろうと仰られたその言葉の通りに、皇国は今も栄えつつあります」といったところでしょうか。『紀元二千六百年奉祝歌集』からは他にもいくつもの良歌をとりあげましたが、平安朝の歌に比べると、我々にもつっこみ入れられるような作も多く、さすがに親しみやすく感じられました。

 和歌の来し方を紐解くと、どうしても奈良・平安朝のそれに目がいってしまいがちです。実際、万葉集や古今和歌集、新古今和歌集などに収められた詩歌の素晴らしさは、驚くばかりです。しかし、現代に生きる我々は彼等とはかなり隔たりのある言葉を用い、まったく異なった暮らしをしていることをなおざりにするべきではありません。現代日本に生きる我々が、よりよい和歌を詠もうと思うならば、明治から昭和戦前中にかけての短歌、すなわち近代短歌を大いに参考にするべきではないでしょうか。もちろん戦後の短歌を勉強するのも決して悪いことではありませんが、敗戦による國体の乱れとともに、言葉も乱れ、和歌の道もまた乱れていることを念頭に置くべきでしょう。

 さて、歓談を交えつつ古今の和歌に親しんだところで、いよいよ、今上の御代に生きる我々も実際の詠歌に入りました。以下は参加者たちによる当日の作です。

 親王の生まれたまひて一年の今日のよき日をほぎたてまつる

 國おもふ民の心に火をつけし日嗣の御子は尊かりけり

 戦争の嘆きもとはに消ゆるまで親王殿下のほほ笑みたまふ

 日子御子の初歳満つるよろこびに我れらも満ちて祈る長月

 妃殿下の腕に抱かれたほほ笑みは大君に似てふくよかである

 第一首。和歌においては外来語よりも大和言葉を尊重しますので「一年」と書いて「ひととせ」と読むのが通常です。学習会当日は悠仁親王殿下のお誕生日の数日前でしたので、この歌は実際とは異なることになりますが、いうまでもなく「今日」がお誕生日当日であると仮定した上での作です。末句は「ほぎまつるかな」とするのも良かったかも知れません。第二首。「日嗣の御子」は一般的には皇太子殿下のことをいいますが、ここでは悠仁親王殿下のこと。律令制が確立する以前には「太子(ひつぎのみこ)」は同時に複数人おわしまし、またこのまま何事もなく時が移れば悠仁親王殿下が皇位を継承されるのは当然ですから、そういう意味でも「日嗣の御子」と讃えまつるのは適切な表現です。第三首。「まで」は限度を表す「まで」ではなく程度を表す「まで」です。「ほど」と置き換えても意味は変わりません。大東亜戦争における空襲や原爆・抑留などの日本人大虐殺を念頭に置いた一首。第四首。「日子御子」という表記はあまり用例がないですがこの語は「皇子・王子」の訓読であり、「親王」と書いても同じですが、読み方を強調したかったのでしょう。あるいは、天皇としての意味がやや強くなりすぎますが「日の御子」とする手もあるかもしれません。「長月」は「九月」という意と「長い年月」という意がかけてあるのでしょう。第五首。「妃殿下」は紀子妃殿下をいい「ほほ笑み」は悠仁親王殿下のそれでしょう。「大君」は皇族一般に対する敬称として使われることと、天皇陛下に対する敬称として使われることがありますが、万葉集では前者の方が多く、現代では後者の方が多いですね。この場合は、当然ながら後者です。

 これらの歌は主催者側が用意した習字道具を使って、半紙に毛筆で書かれました。この際、予定にはありませんでしたが、平仮名を毛筆で書く場合の筆使いについて、むらさぎ氏より簡単な実習指導が突発的にありました。突発的な人ですね。とはいえ本人も数日前にたまたまテレビのNHK教育でみただけとのことで、人に教えるほどうまい字を書いていたようには見えませんでしたが、漢字の筆使いとの微妙な差を覚えるだけでかなり書き易くなります。習字なんて久しぶりの人がほとんどでしたが、こんなふうにちょっとしたコツを覚えればこれがまたなかなか面白くてハマってしまいますね。上記の作品は、各自が半紙に筆であれこれ文句を書き付けては消しながら、ひねりだしたもので、出来映えよりも作っている過程がまた大いに盛りあがりました。皆様と楽しく親王殿下のご生誕一周年を和歌でお祝いすることができ、とてもよかったと思います。

 つづいて第二部では、来年の宮中歌会始のお題「火」で歌を詠みました。これらも半紙に毛筆で書かれたものです。いい歌ができた人は天皇陛下に詠進もうしあげるため特に丁寧に清書いたしました。うまく書けずに「あなた字きたなくないかい?」とのつっこみに「読めりゃいいんですよ」と暴言はいてる人もいましたが(笑)詠進した歌につきましては、歌会始まで発表してはいけないことになっていますので、ここではボツとなった作品のみ紹介させていただきます。

 火のお題考えたけど何も出ずしょうがないから習字するかな

 わが道の行方を照らすともし火はおのが心にあるとこそ知れ

 ガスコンロひねればともる火を見つめ君が代にある恵みを思ふ

 君と手をつないだことを思ひつつ花火見上げる頃となりけり

 はや二十歳憂ひの炎に水させる詔のたまふ君をうらみて

 君がため火の中とても行くべきを聞こえぬ天の声ぞかなしき

 国柄の直ならざるを否むのは我れの心の火にてありけり

 あっという間に愉快な一時は過ぎてゆき、正午に勤労福祉会館を後にして、第三部として、池袋駅東口の駅前公園の池袋水天宮に参拝しました。水天宮は、子供の守り神、子育ての神として信仰されています。悠仁親王殿下の健やかなご成長を皆で祈願いたしました。しかるのち、各自、詠進歌(今日の作品のうち一首)を宮内庁の規定に従い半紙と筆で清書したものを封緘した封書をポストに投函して、一同で万歳三唱。めでたしめでたし(笑)

 その後、しばらく時間をおいてから、日暮里に場所を移し第四部と称して懇親会を開催。またこの日は実際の悠仁親王誕生日ではありませんので、改めて六日に池袋にて第五部と称して再度の祝杯。すめらみこといやさか、めでたしめでたし(大吉)(し・む)